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2008年11月

2008年11月30日 (日)

サンクスギビング=①鉄拳+②バーバリ+③小澤征爾

11月26日(水)
サンクスギビング前夜

サンクスギビングイブにcelebrateすべし」

そんなわけでこの日の夜は、JD1年生のF氏&トラさん、08LLMのI氏とで、チャイナタウンで青島ビールとロブスターを堪能。
その後は私の部屋に行き、「鉄拳」(プレステ2)で遊んでいました。
こうなった理由はよくわかりませんが、F氏が実はゲーマーだった、ということがその一因なのでしょう。

ただ、(ゲーマーだったらしい)F氏に対し、
08LLMのI氏は
「やったことないんですよー」
と言いつつ、コンボを駆使してしれっと勝利。
I氏が所用で帰宅した後、
あいつはただもんじゃねぇ
と愚痴るF氏を慰めていたのは、なぜか私でした。

この時、F氏が自分の家族写真を見せてくれたので、私もF氏とトラさんの2人に、このブログを紹介することにしました。
彼らは中国系ですから、漢字は何となく読めてしまいます。
「Mmm, on Friday, the result of the bar was released---」
彼らの英訳を聞くと、内容も相当分かっているのが見て取れます。
大したものです。

11月27日(木)-28日(金) 
サンクスギビング当日&ブラック・フライデー

Woodbury前夜の騒ぎもあり、起きたのは午後1時。この日は、09LLMの皆さんと一緒にWoodburyという大型アウトレットに行き、(28日の0時から始まる)サンクスギビングセールをエンジョイしに行きました。
ボストンからWoodburyまでは、だいたい東京-名古屋間くらいのイメージ。車で4-5時間といったところでしょうか。
よって集合は午後5時半。
レンタカー屋(@ローガン空港)出発が午後7時半。
Woodbury着は(計算通り)28日の0時
Woodbury周辺は、不景気だと言うのに、車でごった返していました。特にニューヨーク方面からの車が多かったですね。

Berberry_outside今回の私のお目当ては「バーバリ」でした。
「バーバリ」が、たまに「バー」(当地での司法試験予備校の名前)に聞こえてしまうのは、悲しい性としか言いようがありません。
開店時間午前6時)ちょっと前にバーバリに行くと、既長蛇の列が。周囲からは、英語、中国語、そして日本語が聞こえます。
それにしても、明け方の冬のニューヨークは冷えます。
そのような中で2時間待てたのは、おそらく、強烈な物欲に支えられていたからなのでしょう。

Berberry_insideお店の中には、バーバリのコートバリバリ並んでいました。
トレンチコートも、ノーマルコートも、カシミヤコートもありました。
ただ、30%オフでもバーバリはバーバリ。高いです。
しかしこの日は、「ここまで来て、こんなに寒い中待ったんだから、買わずに帰ったら恥だ」という、意地みたいなものがありました。
欲しかったコートに加え、ジャケットもゲット。覚悟はしていましたが、バーバリだけでドル4ケタになってしまいました(;^_^A。

深夜0時からショッピングし始めたものの、結局ぶっ続けで一日ショッピングを楽しんだため、帰宅は午後10時前後だったと思います。
皆さん本当にお疲れさまでしたm(_ _)m

11月29日(土)
ブラック・フライデー翌日  

前日の行いから、この日起きたのはやっぱり午後1時
この日は、08のLLM同期で、ボストン・シンフォニー・オーケストラを聞きに行きました。小澤征爾が数年ぶりに指揮を取るとあって、会場内は日本人が相当多かったです。

Seiji_ozawaこの日の席は前から2列目。1列目は誰も座っていない為、事実上最前列です。小澤征爾の指揮を目の前で見ることができました。
小澤征爾の情熱と足音を真近で感じつつ、ベルリオーズの「幻想交響曲」を聞く・・・などということは、これからの人生でも、そうは無いと思います。本当に幸せな一時でした\(^▽^)/

今年は、非常に楽しいサンクスギビングを過ごすことができました。「サンクスギビング」というその名前の通り、神様と皆々様に感謝したいと思います。これで、来るべき期末テストと2月バーの勉強に注力できそうです。あとは成果を出さないと。

そして11月30日(日)。サンクスギビング休暇の最終日。
授業開始の前日で、勉強を始めるべき日。
きたのはやっぱり午後1時でしたヾ(・・;)

2008年11月18日 (火)

ラヴ・ハンドルって知っているかい?

今日の昼メシは、JD1年生のトラさん&Fさんと一緒でした。
場所は、GSUの5階のFaculty Lounge。

「先週の週末どーだった?」と訊かれたので、
「ちょっとLong Storyになるぞー」と断った上で、
①7月にNY州のバーを受けたこと、
②金曜日に発表があり、バーに落ちたこと、
③会社に報告した結果、上司の返事が暖かかったこと
④2月再受験に向け、手続きを取ったこと
などをざーっと話しました。彼らの反応はこんな感じ。

「俺ら3年かかるのに(JDプログラムは3年)、母国での経験があるからって、1年で受かろうってのは、やっぱしんどいんじゃない?」
「冬休みはロンリーに勉強がんばってねー」

・・・いちいちごもっとも。仰るとおりですm(_ _)m。

食事後、Fさんがため息交じりで、
「最近ラヴ・ハンドル(Love Handle)がなぁ・・・coldsweats01
と言い出しました。
ん?ラヴ・ハンドル??
ラヴ・ワゴン(@あいのり)のハンドルのことですかね??

不思議がっていると、Fさんが説明をしてくれました。
お腹のぜい肉のことらしいです
(【注】上品な英語ではないようですので念のため)

ドキッ・・・
ですが、夏休みの頃はともかく、
今の私ならば概ね大丈夫です。
体重は65-66キロでキープできていますしhappy01

2008年11月16日 (日)

08年7月バーの結果

昨日の当ブログへのアクセス数は普段の3倍強、約500アクセス/日でした。どう考えても、バーの結果発表のためでしょうね・・・今回、私は残念ながら不合格でした。

ありがたいことに、私には翌2月受験のチャンスがあります(本日より101日後ですから、間もないです)。今回の7月受験で、バーの全体が見渡せたことは非常に有益でした。

今回の結果発表の日、なぜか私の家の冷蔵庫が新しく変わりました(壊れたので交換。納豆に若干の被害発生)。心機一転、引き続き頑張っていこうと思います。

2008年11月14日 (金)

ランダム・アクティブ・親切

7月のバーの結果は、11月14日(金)午前9:00より発表されるとのこと(出所はこちら)。今さらどうもこうもないので、今は、やるべきことをやるのみです。
というわけで、明日のTorts(不法行為法)の宿題に溺れています。

それなりに頑張っていたのですが、ガッツが切れたため、GSU(大学生協)に行き、気分転換がてらピザを一枚つまんでいました。
すると、女子学生3人組が私の席に来て、何やら説明し始めました。

????????????(*^-^)

説明によれば、彼女達は「Random Active Kindness(RAK)」という学内サークルのメンバーで、親切を提供することで世の中を幸せにしようとしているとか。で、月曜日のミーティングで決めた内容に沿って、木曜日に活動しているらしいです。一通りの説明が終わった後で、親切メニュー表の呈示を受けました。15個くらいの「親切メニュー」があり、いずれも値段は「FREE」と書かれています。

まるでマックのスマイル0円みたいです(多分パクったんだろうな)。そんな連想もあり、親切メニューから「スマイル」をピックアップ。

「スマイル・プリーズ」

すると、彼女達はポーズつきで
ニコーッ(o^-^o)としてくれました。

今思い出すと、親切メニューの中には「ハグ」もありました。アメリカに来て1年余が経ちますが、私には、未だにそれを頼む勇気はありませんでした。未熟・・・coldsweats01

なお、私の後ろの席では別のRAKの活動員(男性)が親切活動を推進しており、男性にハグしていましたhappy01

2008年11月 9日 (日)

アルバニー戦記(4)(最終日/帰宅)~そして伝説へ~

「尊敬すべき幸福な人は、逆境にいても、つまらぬことはくよくよせず、心配してもはじまらないことは心配せず、自分の力のないことは天に任せて、自分の心がけをよくし、根本から再生の努力をする人である」  (武者小路実篤)

バーブリ(当地の司法試験予備校)からメールが届きました。それによれば、7月受験の結果は、"Results are targeted to be released NO EARLIER THAN November 12"(11月12日水曜日以降に発表の見込み)だそうです。私の友人の言を借りれば、「受かるにせよ落ちるにせよ、それがその人にとって最善の結果であるはず」ですから、粛々と待つことにします。

さて、7月バーの最終日がもう何月何日かも忘れてしまいましたが、この日はMBEデーでした。基本6科目につき、4択問題200問合計6時間(前半3時間/後半3時間)で解く、という試験です。
結論から言えば、エッセイよりもさらに歯が立ちませんでした。選択肢4つのうち(1つでなく)2つが正解に見えたり、逆にどれもが正解に見えなかったり・・・。試験中ずっとマヌーサ(@ドラクエ)にかかっているような感じで、延々と攻撃ミスばかり繰り返したような気がします。これでは敵にダメージなど与えられるはずもありません。
この世の中、とりあえず制限時間が過ぎれば、試験は終わります。私は、前半/後半とも、それぞれ10問強解き残してしまいました。おばちゃんのプロクター(試験官)が私の目の前で「Stop」と言ったとき、隣の中国人LLM生は明らかに諦めが悪そうでしたが、私はとにかく脱力していました。

12_2そしてその日の晩は、同期A氏と、エンドレス反省会を開きました。会場は私のスイート・ルーム。とりあえずルームサービスで、豪華に食べたいものを取り寄せました(それでも安かったですが)。スイート・ルームであるはずなのに、中の雰囲気は思いっきりビターです。この部屋から、試験会場であるアルバニー・ロースクールがしっかりと見えるところが、またやるせなさを誘います。

最初はとにかく、どよーんとした感じでスタート。

「終わりましたね・・・とりあえず」
「何というか、ワケ分からないまま終わったと言うか・・・」
会社に何ていいましょう・・・」
「とりあえず反省文(自己批判)のドラフトを書こうかなと」
「さすがですね。もっとも私も、2週間後には日本で出社しないといけないんで、本当に何か考えておかないと・・・」
「今回は、ビジネスマンとして、リスク管理が甘かった言わざるを得ないでしょうね」
「自己分析が甘かった。出来ると思っていた。しかし実態は、本当に厳しかった・・・」

そして、会話は徐々に来期育成モードに。

「2月の失敗は許されないでしょう」
「ええ、ビジネスマンとして仕事で同じミスを犯すことはありえません」
「それには英語力の底上げを図らなくては。新聞、小説・・・」
「それにはアメリカを好きにならなければ」
「うーん、早く歴史小説をギザ読み漁りたいんですけど」
「それにしても厳しい試験だった・・・」
「何と言うか、サラリーマン生活を否定されたような感じがしてしょうがなかったですよ
「全く同感です。会社では、気配りだとかコミュニケーション能力だとかでリカバーできる部分が相当ありますし、むしろそれが無いと仕事になりません。だけど今は」
「そう。今となっては、処理能力ガチンコ勝負。自分がパソコンとしてどれだけ性能がいいかだけを問われているわけです」
「で、出来ないと、『こいつバカだ』と言われて終わり・・・」
「切なすぎるぅ・・・crying
「で、これからどうやって地道に頑張っていきましょうか?」
「10月にLSATがありますよ」
「なるほど、JDになれと・・・って、現実を見ましょうよ」
「2月受験でのジャビットセンター(ニューヨーク市内の試験会場)は、人が少なくて超快適らしいですよ」
(【注】それほどでもない、というご指摘も頂いております)
「それは現実を見すぎでは?coldsweats01

さて、ここで問題です。
この後、二人でやったことは何でしょう?

選択肢
(A)「BUの設備は学費対比で貧弱だ!」と、八つ当たり気味に批判を始めた(自分で学費を払っているわけでもないのに)
(B)「なぜアメリカは郊外に出ると急に街がさびれるのか」という大命題につき、日本の実情と対比しながら暑っ苦しく論じた
(C)「2月合格のためにはPMBRのレクチャーCDを全部書き取るくらいでないとダメだ!」と無意味に盛り上がり、冷静さを失った挙句、その場で分担まで決めてしまった
(D)パソコンをネットにつなぎ、You Tubeで、「燃えろ!プロ野球」のバントホームラン(このゲームは、4番バッターの打力が高く設定されているので、バットにボールが当たっただけでホームランになる)を見て、すげーっすげーっ無邪気に喜んでいた

答え
全部正解\(^▽^)/
ただ、肢(C)の「レクチャーCDを全部書き取るぜプロジェクト」は、10月半ばで二人とも挫折しました。感情に任せて計画は立てるものじゃないですね(;^_^A

2008年11月 6日 (木)

日米の雇用についてJD学生と語り合う

お題:「日米の雇用について」

今週月曜日、JD1年生のクラスメートであるフェイ氏(以下F氏)と、先日値上げをかました「北京カフェ」でランチをしたときのやりとり。

F:「先週末はどうしてた?」
T:「ボストン・キャリア・フォーラムに行ってたよ。簡単に言えば、日本企業が200社くらいボストンに集まって、学部卒の日本人留学生をリクルートする、というイベントなんだけどね。僕は、人事マネージャーの前の、1次・2次面談での面接官をしてたんだ。金土日の3日間ずうーっと働いたから、疲れたぁ・・・」
F:「だけど、会社に学費も給料も出してもらってるんだろ?で、挙句、マスターの学位までもらえて。そんくらい当たり前じゃっ」
T:「ま、まぁ・・・おっしゃるとおり(;^_^A」
F:「で、どんな基準で学生を見るんだい?」
T:「難しいけど、超大雑把に僕の意見を言えば、基準は2つかな。
1)一つはスキル。これは僕は、潜在的なものでいい思ってる。
2)もう一つは、会社の雰囲気や事業へのシンパシー(共感)
F:「シンパシー?そりゃまた何で?」
T:「だって、日本では、基本的にTerm not specified(期限の定めのない契約)で、60歳まで働くことが、一応は期待されているからね。日本企業にとって、雇用は一種の投資なんだ。シンパシーがないと、長続きしないからね。シンパシーは、会社でチームワークを発揮するためにもある程度必要だし」
F:「ふむう、なるほどね。で、そのシンパシーは、どうやってみるんだい?じゃ、ここでHypoだ。2人の学生がいると仮定する。
1)一人は、メチャ優秀だけどシンパシーはイマイチ
2)もう一人は、優秀さでは劣るが、シンパシーは抜群
さあ、どっち?」
T:「(まったくもって答えづらいことを・・・)うーん、何ともタフな質問だなぁ。どっちかって決められないよ。だから、とりあえず答えは留保。
で、どうやってシンパシーを見るかだけど、はっきりいって、会話を通じて、感じ取る(feelする)しかないんだよなぁ・・・。その分、当社の面接の回数は、多くなっているような気がする。そうやって、会社と学生とで、get to know each otherしていく、ということなんだろうな」
F:「ほう、何回くらい面接するの?」
T:「僕の場合は5回だった。でも、それでも最短だったよ」
F:「そりゃ多いな。俺なんか、前職ではたった2回だったぜ」
T:「そりゃ逆に少なすぎなんじゃないのか?」
F:「そうかもね。ところで、ロースクール生とは面接したのかい?」
T:「何人かとはね」
F:「優秀すぎる人間が来て、今の自分の立場が危うくなるって思わなかったか?
T:「(ドキッ!いや、そんなことは・・・」
F:「自分の前職で、そういうヤツがいたんだ。彼は博士(Ph.D.)を持っていたんだけど、博士って、中々雇われないんだよね。だから、『修士』までの学歴しか開示しないで入社したんだ。で、入社後に、こっそりと『実はオレ、修士じゃなくて博士なんだ』ってささやいてきた」
T:「なるほど。低くする分には問題はないだろうな」
F:「実際、博士未満だと、day-to-day operation(日常業務)に就く。博士になると、開発とか、高度な業務に就く。ただ注意しなければいけないのは、高度な業務って、結局のところ、その会社specificのものになっちゃう、という点なんだ。その会社で長くやっていればいるほど、その博士は、その会社でしか働けなくなる。だけど、開発とかって、不景気になると真っ先に切られるじゃない。生き残りのためには、経営陣はimmediate future(目先の未来)しか見えなくなっちゃうからね。しかも、博士って給料が高いから、ますます切られやすい。そう考えると、学歴/経歴が高すぎる(overqualificationってのも、いいことばかりじゃないかもね」
T:「それはその通りだと思うよ。うちの会社では、製造部門と開発部門で、技術者の人事交流があるよ。これは、長く働けるよう、スキルを広げるようにするための工夫なのかもしれないなぁ」
F:「そういうのは、自分の所でもあったよ。いいことと思う。
で、話は変わるけど、そのボストン・キャリア・フォーラムで、お前の会社は、学生に何か(stuff)あげたの?
T:「うん、社名ロゴ入りボールペンをあげた。1個あげるよ」
F:「おっ、ありがとう。こういうのは助かるよ」
T:「そーかそーか。まだまだたくさんあるぞーもっと欲しい?
F:「いや、すまん・・・もういいやm(_ _)m

送り返すと送料がかかるから」という理由で貰ったこの社名ロゴ入りボールペン、まだ4本ほど持っています。また、同じ理由で貰った社名ロゴ入りクリアファイルは、10枚ほど持っています。
これらは鋭意、これからの勉学に役立てる所存です\(^▽^)/

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