ボストン生活

2009年5月25日 (月)

(P.S.)その後のマイ・ライフ

最後の投稿「ではまた、お会いする日まで\(^▽^)/」をアップして以降、多くの方から暖かいメッセージをいただきました。ありがとうございました。自分でも驚いています。感謝感激あめあられです。

残念ながら、サラリーマンに戻らないといけませんので、定期的にこのブログを更新することはムリと思います。ただ、ごくまれに、気まぐれで書くことはあるかもしれません。

もともと、このブログは、私の生存確認ブログでした。その後も、とりあえず私が元気でいることだけはお伝えしておきたく思います。ざっと振り返ると、こんな感じです。

5月8日(金) 

モチベーション湧かない身体に鞭打ち、最後の試験(Civil Procedure)に臨む。何とか終了。脱力。一区切りついた気分になり、「ではまた、お会いする日まで\(^▽^)/」をアップし、爆睡。

5月9日(土)

08の武闘派Y氏と会う。2月バーに合格していたら、私のバーブリ・マテリアルを一式譲り渡す約束をしていたが、結果が結果であったため、譲ること叶わず。そこでY氏には代わりのものを進呈することに。自慢の両面印刷白黒レーザープリンター($400)を使い、大量にプリントアウト。夕食は馴染みの韓国料理屋で一緒に焼肉。予定通り、Y氏は12日にロスに旅立っていった。ロスで勉強に集中できるのかな??

5月10日(日)

5月19日より、西海岸の子会社2社でコンプライアンス・セミナーの講師をすることとなっていたため、その資料作り。5月12日に実施予定の船便の荷出しのため、梱包作業に明け暮れる。

5月11日(月)

08のファイナンス侍氏来訪。同氏からのお土産は、①シンガポールのマグカップと②パイナップルケーキ。5月13日まで弊宅に逗留。

5月12日(火)

クロネコヤマト来訪。船便の荷出し。アメリカでゴルフを楽しもう!とゴルフクラブ一式を持参したにもかかわらず、アメリカで一度も使うことなくもう一度太平洋を渡ることになってしまった。その日の夜は、侍氏&LLMの友人3名と夕食。

5月13日(水)

侍氏が、08の中国人LLMのEさんと朝会おうというアポを取っていたため、私も同行。そして侍氏は、BU前の駅でTに乗り、Eさんと私が見送る中、爽やかに去っていった。

夜は、大学主催のハーバー・クルーズへ。バーに落ちてしまい、09の皆さんにどのツラ下げて会ったらいいものかと悩む。しかし、どーせいずれ図書館で会うんだ、と割り切って出席することに。すると09の兄貴N氏から、明るく笑顔で「ご愁傷様でしたっ!」とコメントをもらう。そういうことなのでしょう。次がんばればいいわけですから。

なおこのハーバークルーズで、急遽ゴルフに行こうという話になる。
09のスマートK氏が早くデビュー戦を飾りたかったらしく、非常に乗り気。

5月14日(木)

この日の夜、成績発表あり。ミラー先生に深謝。パールマン先生は、グレーディングする時は人格が変わるのだろうか・・・破壊的な成績に、強烈に凹まされる。

なおJDのFさんから、「夏の間、僕のアパートをサブレットしたいんだ・・・このコマーシャルを日訳して、日本人が見る掲示板にアップしてくれない?」とお願いされたので、貸しを作ることにした。

5月15日(金)

夜、大学主催のパーティ(@キャッスル)に出席。
目的は、翌日のゴルフ打ち合わせのため。

5月16日(土)

ゴルフ。場所はStone Meadow Golf。ショートな9コースが手軽に楽しめるコース。メンツは、09のスーパーロイヤーT氏、課長代理Y氏、スマートK氏、そして私。クラブはレンタル可。しかしスーパーロイヤーT氏のみ、マイクラブを持参し、周囲にまざまざと差を見せ付ける腕前を披露。その腕前に、課長代理Y氏ともども凹まされる。

5月17日(日)

卒業式(Commencement)にゲスト(観客)として出席。感慨に浸る。
卒業式後のカクテル・パーティで、ファーンズワース御大と再会。何はともあれ、私の2年間のロースクール生活もこれで修了。というわけで、御大と祝福のハグ本当にハグ。夢が叶い大満足。

5月18日(月)

出張準備。セミナーの講師役として、英語で40分程度話さないといけない。CELOP時代のスピーキングの授業みたい・・・^^;)。というわけで一応練習。簡易スピーカーがあった方がいいということゆえ、ベスト・バイに行き、20ドルのスピーカーを買う。

5月19日(火)

ボストン6:00発の便で、ダラスを経由し、カリフォルニア州のサンディエゴへ。時差があるため、この日は時間が長く感じられた。何とかプレゼンをこなし、夕食を一緒し、とりあえず初日終わる。

なおJDのFさんから、「日本語で、こんなメールが来たんだ。サブレットの関係のような気がするが・・・僕が見る限り、寄付を求めるだけのものなんじゃないかと思うんだが、どう?」と、問い合わせメールあり。「寄付」ではなく、「部屋を見せてくれ」という内容であったため、「返事した方がいいよ」と返信する。

5月20日(水)

サンディエゴ7:00発の便で、オレゴン州ポートランドへ。前日に続き、二度目のプレゼン。留学前は、アメリカに留学すれば自分の英語力は飛躍的に上がるものだと確信していたが、そうじゃないということに改めて気がつかされた・・・ものの、時間が経ったので、プレゼンも終了。夕食は、ポートランドの海鮮を使った日本料理。アメリカで食べたどの日本料理よりも美味しかった。

5月21日(木)

ポートランドからサンフランシスコへ移動。ポートランド空港でメールチェックした所、幸運にも、バー委員会からの試験会場問い合わせメールをキャッチ。慌てて30分くらいアクセスにアクセスを重ね、何とかアルバニーを確保(ニューヨークは既に売り切れ)。
因縁の地アルバニーに、これで3度降り立つことに。

サンフランシスコへの機中で、隣の席に座っていたおじいさん何故か仲良くなる。おじいさんから、
「聖書の世界では、①ゴッドと、②ジーザスと、③スピリットがおり、これらが一体なのだが、それぞれが異なる機能を果たしており・・・」
といった話を聞く。
かろうじて、高校時代に世界史で習った「三位一体説」を思い出す。
別れ際に、名前と住所を交換し合うことに。おじいさんは、「何か送るから!と言ってくれた。・・・何を送ってくれるんだろう??

昼は、フィッシャー・マンズ・ワーフに行く。今回のセミナーに同行してくれた外部弁護士さんから、「パンの器(Bread boal)に入ったクラムチャウダーを薦める」と言われていた為、素直にそれをセレクト。

夕方、お世話になっている法律事務所へ。私のため、ロースクール入学の際の推薦状を書いてくれた先生にご挨拶。
なおこの事務所は、08のKさん昨年秋に実習していた事務所でもあり、その頃の裏話をちょっと聞く。しっかり夕食をご馳走になった。深夜便でボストンへ。

5月22日(金)

「深夜便はRed eye flightsって呼ばれているんだぜ。翌朝、眠れなくてみんな目が真っ赤になるから」と言われていたが、本当にその通り。眠気をこすって、かろうじて帰宅。その後、爆睡。起床後、部屋と荷物の整理を開始。その過程で、白のワイシャツ1枚と、手帳(大したことは書いていないが・・・)が無くなっていることに気づき、軽く凹まされる。ワイシャツなんて失くしようがないと思うんだけど。

5月23日(土)

33度目の誕生日。「33歳ですね~。散々か燦々か」と、同期某氏からメールが届く。「とりあえず、今月は結構散々だったかなあ」と思い至る。その後、出張報告を執筆開始。

その夜は、JDのFさん&トラさんと、YASU(韓国系焼肉屋)で別れのディナー。夏休みの間、Fさんはロスに、トラさんはニューヨークで過ごすため。「日本絶対来いよ」→「おー、絶対に行くからな!」→「ボストン来いよ」→「あー、いったるさ!」→「出世して俺達を雇えよ」→「その時は弁護士料安くしろよ」のループで会話は続く。

ディナー後、Fさんが「ロースクールに立ち寄りたいんだ。ピックアップすべきものがあるから」と言い出したので、ついていく。が、実態は忘れ物のピックアップではなくて、ロッカーの掃除。ロッカーの中に、ケースブックに加えて、食べ物を放り投げていたらしく、さすがに夏休み中放置しておくのはまずいと思ったらしい。ロッカーを開けた途端、微妙な異臭が・・・。
「お前、こりゃちょっとひどいんじゃ・・・。JDのロッカーって、みんなこんななのか??」
「ま、JDがみんなこんなじゃないような気はするけどね」。
仕方ないので掃除を手伝う
「これはまだ食えるぞ」
と言われてりんごを手渡されたが、とても食べる気はしなかった。
そして別れの握手。

5月24日(日)

出張報告を提出。整理も8割がた終了。
これから、最後のバーの勉強を頑張って参ります。

2009年4月22日 (水)

タイ飯屋のその後に関する調査報告書

関係各位:標記の件、以下の通りご報告します
(なお、バックグラウンド・ミュージックは、ファミコン・ゲーム「さんまの名探偵」とさせていただきます)。

1_2まず、タイ飯屋の現状は上記の通り。
何と、看板既に取り外されています!キッチン改装工事のはずなのに・・・なぜ看板を取り外す必要があるのでしょうか??この地で営業をする気がまったく感じられません。やっぱり閉店??

2「やっぱり閉店なのか・・・」と残念に思いつつ調査を重ねた所、ドアに上記の張り紙を発見。「738 Commonwealth Aveに引っ越すから、よろぴくね\(^▽^)/」。絵文字まで入ってなかなかファンキーです。ヒトの気も知らんと、あっけらかんと言いおるなぁ(;^_^A

3とにもかくにも、とりあえず「738 Commonwealth Ave」へ。
で、たどり着いた場所は上記。証取法のホワイトヘッド教授が毎朝出没する(らしい)と言われるベーグルカフェの隣。そして、ロースクールのどまん前
以前の場所から歩いて1分半程度ですし、売場面積がさして広くなったという印象も無いため、引っ越しの意味がやっぱりよくわかりません。気分でも変えたかったのかな?もう少し近づいてみましょう。

4Coming Soon!」とはありますが・・・
うーん、いつになるんだろ・・・coldsweats01

私はこの店の「サム・ヌム・ヌードル」が大好きでした。私がボストンに居る間に復活してくれることを切に期待しています(^▽^)/

2008年11月30日 (日)

サンクスギビング=①鉄拳+②バーバリ+③小澤征爾

11月26日(水)
サンクスギビング前夜

サンクスギビングイブにcelebrateすべし」

そんなわけでこの日の夜は、JD1年生のF氏&トラさん、08LLMのI氏とで、チャイナタウンで青島ビールとロブスターを堪能。
その後は私の部屋に行き、「鉄拳」(プレステ2)で遊んでいました。
こうなった理由はよくわかりませんが、F氏が実はゲーマーだった、ということがその一因なのでしょう。

ただ、(ゲーマーだったらしい)F氏に対し、
08LLMのI氏は
「やったことないんですよー」
と言いつつ、コンボを駆使してしれっと勝利。
I氏が所用で帰宅した後、
あいつはただもんじゃねぇ
と愚痴るF氏を慰めていたのは、なぜか私でした。

この時、F氏が自分の家族写真を見せてくれたので、私もF氏とトラさんの2人に、このブログを紹介することにしました。
彼らは中国系ですから、漢字は何となく読めてしまいます。
「Mmm, on Friday, the result of the bar was released---」
彼らの英訳を聞くと、内容も相当分かっているのが見て取れます。
大したものです。

11月27日(木)-28日(金) 
サンクスギビング当日&ブラック・フライデー

Woodbury前夜の騒ぎもあり、起きたのは午後1時。この日は、09LLMの皆さんと一緒にWoodburyという大型アウトレットに行き、(28日の0時から始まる)サンクスギビングセールをエンジョイしに行きました。
ボストンからWoodburyまでは、だいたい東京-名古屋間くらいのイメージ。車で4-5時間といったところでしょうか。
よって集合は午後5時半。
レンタカー屋(@ローガン空港)出発が午後7時半。
Woodbury着は(計算通り)28日の0時
Woodbury周辺は、不景気だと言うのに、車でごった返していました。特にニューヨーク方面からの車が多かったですね。

Berberry_outside今回の私のお目当ては「バーバリ」でした。
「バーバリ」が、たまに「バー」(当地での司法試験予備校の名前)に聞こえてしまうのは、悲しい性としか言いようがありません。
開店時間午前6時)ちょっと前にバーバリに行くと、既長蛇の列が。周囲からは、英語、中国語、そして日本語が聞こえます。
それにしても、明け方の冬のニューヨークは冷えます。
そのような中で2時間待てたのは、おそらく、強烈な物欲に支えられていたからなのでしょう。

Berberry_insideお店の中には、バーバリのコートバリバリ並んでいました。
トレンチコートも、ノーマルコートも、カシミヤコートもありました。
ただ、30%オフでもバーバリはバーバリ。高いです。
しかしこの日は、「ここまで来て、こんなに寒い中待ったんだから、買わずに帰ったら恥だ」という、意地みたいなものがありました。
欲しかったコートに加え、ジャケットもゲット。覚悟はしていましたが、バーバリだけでドル4ケタになってしまいました(;^_^A。

深夜0時からショッピングし始めたものの、結局ぶっ続けで一日ショッピングを楽しんだため、帰宅は午後10時前後だったと思います。
皆さん本当にお疲れさまでしたm(_ _)m

11月29日(土)
ブラック・フライデー翌日  

前日の行いから、この日起きたのはやっぱり午後1時
この日は、08のLLM同期で、ボストン・シンフォニー・オーケストラを聞きに行きました。小澤征爾が数年ぶりに指揮を取るとあって、会場内は日本人が相当多かったです。

Seiji_ozawaこの日の席は前から2列目。1列目は誰も座っていない為、事実上最前列です。小澤征爾の指揮を目の前で見ることができました。
小澤征爾の情熱と足音を真近で感じつつ、ベルリオーズの「幻想交響曲」を聞く・・・などということは、これからの人生でも、そうは無いと思います。本当に幸せな一時でした\(^▽^)/

今年は、非常に楽しいサンクスギビングを過ごすことができました。「サンクスギビング」というその名前の通り、神様と皆々様に感謝したいと思います。これで、来るべき期末テストと2月バーの勉強に注力できそうです。あとは成果を出さないと。

そして11月30日(日)。サンクスギビング休暇の最終日。
授業開始の前日で、勉強を始めるべき日。
きたのはやっぱり午後1時でしたヾ(・・;)

2008年10月26日 (日)

MA州運転免許取得に向けて(4)〔長文〕

Greiman教授似の厳しい教官(以下「フローラ教官」)から、日本人LLM同級生が未だかつて受けたことがない「補習」を宣告されてから数時間。さすがに凹んだのですが、しっかりと当地での運転を学ぶよい機会かもしれないな、と思いなおすことにしました。

その補習は、10月24日(金)の早朝6:00から、試験会場(Brookline High School)、ということになりました。
補習の場合、自宅まで迎えに来てはくれませんので、自力で現地に行かなければいけません。朝っぱらからいやだなー

googleで調べたところ、自宅からの距離は約2マイル徒歩40分ですが、自転車ならば20分かからずにいける感じです。
そこで自転車の空気でも入れておくかな、と思い立ち、空気を入れ始めた所、あろうことか後輪をパンクさせてしまいました(爆)。
前日、「石橋を叩き壊して渡るって、どんな感じなんですかねー」と09のN氏&Y氏と笑いあったことが頭をよぎります。多分、こういう状態のことを、「石橋を叩き壊す」と言うのでしょう(;^_^A

パンクと格闘していたら、かれこれ午前3時になりました。それなのに直りません。仕方ないので、徒歩で行くことにしました。この時間ですから、寝たら起きられなさそうです。そこで寝るのは止めにし、Tortsの予習をダラダラしながら時間を潰し、午前5時に自宅発。午前5時45分に現地着。お約束の体育会15分前行動です。

しかし、午前6:00を20分過ぎても、フローラ教官は現れません。電話したところ、「あらー、午後6:00よー(午前6:00じゃないわよ)」と明るい声。徹夜がムダと化した瞬間です。力が抜けました。

ただこの事態、リスク・マネージメントを得意とする(小心者な)私には完全に予見できていました。
「確かに彼女、『very early morningのレッスンはどう?』とは言っていたけど、会話の流れからすると、ひょっとすると『午前』6時ではなく、『午後』6時と解釈できる余地があるかもしれないな・・・」
そこで前夜、
「自分は午後6時ではなく、午前6時だと思っているけど、その理解が間違っているのなら連絡ください」
と、彼女の留守電にメッセージを入れておきました。その後特に連絡がなかったため、安心して午前6時に行った、というわけです。
ですから文句を言おうと思えばできたのですが、言いませんでした。きっと彼女が私の留守電を聞いた時、自責の念に駆られるだろう、と思ったからですが、何よりも文句を言う体力が失せていました。
要は無駄足に終わったわけですが、せっかくなので試験コースを徒歩で回り、地理感覚を一通り確認しておきました。

その日は、半分寝ぼけながら授業を2つ受け、半分寝ぼけながらJD1年生のT氏(以下「トラさん」)と昼メシを食べました。トラさんには、私がMA州の免許を取ろうとしているのが、合理的な選択には映らないようです。「だって、ユーは、運転できるじゃないか。国際免許も持っているし。IDだったらMass IDで十分だろ」。ごもっともです。

昼食後、2時間ほど昼寝をして、またBrookline High Schoolへ徒歩で行きました。今度は午後5:45に現地着。しかし、今度もフローラ教官は現れません。まさか、すっぽかされた??
午後6時を20分ほど過ぎたので、また電話することにしました。彼女曰く「渋滞に巻き込まれていて・・・今向かっているの・・・as soon as possibleで行くわ。Believe me for this」との由。もうここまで来たら、どこまででもアナタを信じます。ていうか、他に選択肢ない

それから15分ほどはボーッと待ち続けていましたが、いい加減ヒマになってきました。「Believe me」と言われても限界があります。私のIpodの中に「If I believe」(@倉木麻衣)という曲が入っていましたので、「If I believe---」というサビに合わせて、「If I believe --- I have to wait for you forever」などと、歌詞を変えて遊んでいました。さらに15分くらい経つと、歌詞遊びにも飽きたことと、いい加減寒くなってきたので、ダンスもどき動きをして身体を温めていました。

結局、フローラ教官が到着したのは午後7:00ちょっと前。最終的に1時間以上待ったことになります。もう、あたりは真っ暗です。道なんか見えやしません。普通だったら、教習も何もできなさそうです。ですが補習は、フローラ教官がビックリするくらい上手く行きました。道は見えませんが、朝来た時に実際に歩いて確認しているわけですから、特に問題なかったわけです。地理感覚さえ掴んでしまえば、運転そのものはイージーです。「何でそんなにスムーズなの?」と聞かれたので、朝来た時に歩いて確認しておいたことを伝えると、「そうよ!それが大事なのよ!」と絶賛されました。後は、three-point turnとか、縦列駐車だとか、ロード・テストには無いけれど実際に使うテクニックを教わって補習は終了。「あなた、いい生徒だったわ」とお褒めの言葉をもらいました。自分で言うのもなんですが、私もそう思います

ちなみに、この補習は無料でした。完全に、フローラ教官の善意だったわけです。本当にマジメな方だったんですね。ただ、フローラ教官の教習レベルが、ロード・テスト(路上試験)で求められるレベルをはるかに超えていたことは確かです。テストに合格することだけを考えた場合、ちょっとdemandingすぎたかもしれません。

ロード・テストは、10月25日(土)の午前7:30からでした。それにしても、12時間おきに、3回も同じ場所に行く羽目になるとは。
「午前7:30開始だけど、午前7:00には行っておいた方がいいわ」とフローラ教官が言っていたため、その通りに行くと、既に10人くらいの人が列を作っていました。Punctualとは程遠いアメリカ人でも、免許がかかるとマジメになれるんですね。やればできるじゃん!

ちなみにこのロード・テストですが、相当にいい加減です。
①シートベルトを締め忘れない、
②一時停止の標識の前ではしっかり停止する、
の2点さえ守れば、多分合格です。警官もろくに見ていません。フローラ教官は「試験官である警察官の指示に従って運転するのよ。良く聞いて」と言っていましたが、実際には、後部座席から、教習所の教官が適当に指示を出していました。彼が気にしていたのは、運転の内容ではなく、車を降りる際は常にドアを開けておけ、ということだったように感じられてなりません(すぐに人が入れ替われるように)

そんなわけでめでたく合格し、警察官がグジャグジャっと記入したLearner's Permitを貰いました。所定の記入欄をまるっきり無視して、私には判読しきれない字で何やら書かれていますが、後はこのLearner's PermitをRMV(陸運局)に持っていって発行手続きを取れば、免許がもらえるはずです。やったっ\(^▽^)/

今回は、下記のように、(試験内容に見合わぬ)膨大な時間投資を強いられてしまい、とにかく疲れました。
①待ち時間 2.5時間(しかも道の寒空で)
②徒歩移動 4時間(片道40分×6)
③教習時間 2時間(正規教習+補習) 
④試験時間  わずか3分・・・crying

なお、勢い余って前夜にパンクさせてしまった自転車の修理費用10ドルでした(;^_^A

2008年10月24日 (金)

MA州運転免許取得に向けて(3)

今日は運転教習でした。ロード・テスト前の1時間教習です。教官は年配の女性でした。誰に似ているか、といわれれば、International Business AgreementのGremian教授に似ています。忘れましたが南米か欧州の何処かの国の出身で、彼女の「ターン」は、「トーア」に聞こえます。日本の教習所教官を思わせるきちんとした指導振り。何でも事故の統計処理を仕事としていて、退職後は(おそらく「今の職についてからは」という意)高校生にきちんと運転ルールを教えることを心がけているとか。

彼女曰く、「確かにあなたは運転できるんだけど、もっとロード・テストのことと、当地の交通システムのことを知った方がいいわね」。というわけで、明日、早朝補習をすることに(爆)。誰も彼もが「余裕だ」というだけで、「補習を受けた」なんて話は聞いたことがありません。

昨日、Greiman教授のライティング・アサインメントに時間をかけざるをえなかったため、夕べはちょっと詰めて作業をしていました。Greiman教授にロースクール内外でお世話になったため、今日は心身ともに疲労困憊です。凹んでいるのでとりあえずこのへんで。

2008年10月21日 (火)

Shawsマーケット改名の謎を解き明かす

私が住んでいるアパートのごく近所に、「Shaws」という
いかにもアメリカンなスーパーマーケットがあります。
(中国系スーパー「88マート」の近くでもあります)
私の母にも分かるよう、少し説明を加えますと
卒業式の際に来てくれたとき、
「うーん、野菜高いわねー」
と言っていた、あのだだっぴろいスーパーです。

そのShawsが、最近、店内の改装を終えると共に、
店の名前を「Shaws」から「Stars」に変えました。
うーん、これはどういうことなんだろう?
買収でもされたのかな??
と不思議に思っていたのですが、
じっちゃんの名にかけて
その謎を解き明かしてきましたので
以下の通りご報告申し上げます。

(・・・といっても大したことではなく、
Shawsの中にある寿司コーナーの店員さんとなじみ
なので、ダベって聞いただけの話です(;^_^A)

「ひさしぶりだなー。日本に帰っていたのかい」
「ちょびっと。でも授業があるから戻らざるを得なくて。
寿司コーナー、引っ越ししたんだね」
「うん、あっちからこっちに、50メートルくらいね」
「ちょっと不思議だったんだけど、何で店の名前が
 『Shaws』から『Stars』に変わったの??」
「うーん、『変わった』というより『戻った』んだよね」
「戻った???」
「だってこの店、7年前は『Stars』だったんだもん。
それがShawsになり、またStarsに戻ったというわけ」
「ふーん。じゃ、単に名前が変わっただけで
 オーナーは変わっていないんだ」
「うん、ぜんぜんね」
「とすると、何で名前を戻したんだろう?二つの違い
が何かって考えると、ちょっと不思議だなぁ」
「うーん、『Stars』って、この地域のローカルブランド
らしいよ。実際、昔このあたりには、たくさん『Stars』
があったし。他方『Shaws』というのは、nationwide
なブランド
、ということらしいね」
「ふむふむ。じゃ、一つ質問なんだけど
 『Stars』と『Shaws』、どっちが好き?」
そりゃもちろん、『Stars』さ!

一言で言えば、改名の目的は、
地元ブランドへの回帰、ということらしいです。
裏を返せば、ブランド戦略のミスを経営者が
自認した、ということであるともいえそうですが。

そんなこんなで話をしているうちに、
今日の昼食は、彼のお勧めの
Brown Riceの寿司コンボ、ということになりました。
税込みで9ドル86セントです。
ちょっと高くついたなぁ・・・

2008年10月15日 (水)

MA州運転免許取得に向けて(2)

ボストンでは車の必要性を感じなかったため、
車も免許も持たなかったのですが、
(国際免許は持っていますが・・・)
折角ですので、当地の免許だけは
取っておこうと思います。
妙に焦って免許を取ろうと思っているのは、
冬に入る前の方がいいかな、という、
ただそれだけの理由です。

夏休みに、とりあえずLearner's Permit(仮免)は
とっておきました。あとは実地試験のみです。
ただ、いきなり実地試験というのは自信もないので、
同級生から紹介を受けた
Brookline Driving Schoolでちょっと運転してから
そのままそこにお世話になりつつ
実地試験も受けることにしました。

同スクールのホームページに
メールアドレスがあったので
基本的に英語での電話を避けたい私は
まずそこにメールしたのです・・・が、
一日経っても返事なんかきやしません。
完全に予想の範囲内です(;^_^A
待ってイライラするくらいだったら
電話してイライラした方がまだマシです。
こっちの国は、何かにつけてお客に電話を
かけさせますが、未だに慣れません。

案の定、英語はどもり調子でよく聞き取れず、
ちょっと時間がかかりましたが、
10月23日(木)10:00~ レッスン1時間
10月25日(土)午前 実地試験
コストは140ドル
自宅前でpick upしてくれる(車を持ってきてくれる)
ということになりました。

あれ?同級生からは
確か135ドルってきいていたような・・・
値上がったかな???

2008年9月28日 (日)

「は」と「が」の違い

派遣元企業と付き合いのある米人弁護士が所用でボストンに来る、とのことゆえ、夕食を一緒することにしました。彼がスーツを着ているであろうことは目に見えているので、この日は私もスーツを着て授業に出席。ちょっと怪しく映ったかもしれません。

彼が親日家であることもあって、日本について質問や説明を求められることも多いです。
彼が言うには

「日本語の『』というのは、
『Twilightさん、ゴルフをしている』というのを英語にした場合
As for Twilight-san, he is playing golf』
ということだと理解しているのだが、どう思う?」

彼の日本語はカタコトなのですが、なかなかの分析です。
確かにそう言い表せば、主語「Twilight」を、
より周囲の動作主体と比較して、より引き立たせることが
英語でもできるなぁ・・・
これはありえる説明です。素直に感動してしまい、
「なるほど・・・いい説明だと思う」
としか答えることができませんでした。
まったくお恥ずかしい。

結局、本日の英語レッスンはマン・ツー・マンで3時間。
無料どころかお寿司(@レストラン銀座)のおごり付き。
疲れましたが深謝です。ありがとうございましたm(_ _)m

(追伸)
さっき体重計に乗ったところ、69.0キロでした。

2008年9月21日 (日)

ボストン大学ロー納豆同好会(NBL)

Natto

09のえどさんが取りまとめ下さった
マサチューセッツ産のナットーが届きました。
(えどさん深謝ですm(_ _)m)
えどさんの案内書に書かれている
納豆は地球を救う」はまさに真理ですが、
中学高校時代、天文部にいた私としては
きっとこの大宇宙の何処かにも同様の食物を食べ
高度な発達を遂げた生物がおり、
地球の納豆を求めて侵略戦争をしかけてくるかも?
などと空想してしまいます。
以下にその案内書を若干修正の上転載します。

「この度、『納豆は地球を救う』を合言葉に、
ボストン大学ロー納豆同好会、略称"NBL"
("N"atto loving "B"oston university "L"aw students)
を発足することと致しましたので、ご案内申し上げます
・・・纏まった数で無いと注文できないらしく
・・・詳細は以下ご参照ください。
http://thompson28.exblog.jp/1292944/
冷凍らしいので、商品到着後夕方にでもBU近辺で
総会を開催し、その場で頒布・精算の上、
お持ち帰り頂く運びとしたく。
なお本会の名誉会長として、
08のTwilightさんに就任を依頼致しております」

誠に光栄、かつありがたいことですm(_ _)m
(「会長」と呼ばれるのは人生で初めてです
ただ本当に申し訳ないことに、今回は
「食べる」以外何もしてませんので
さっそく話題をナットーの吟味に移します。

これだけの納豆ですから敬意を払うべきでしょう。
サトウのごはん」では失礼と思い、
ミネラルウオーターでご飯を炊きました。
納豆には味噌汁を付けることがマストですが、
これは日本から持参した
道場六三郎 納豆味噌汁」をセレクトしました。

蓋を開けてナットーを見ると、意外にも小粒です。
そばつゆをかけてかき混ぜた所、
恐ろしいほどの引きをみせています。
そこで200回かきまぜておもむろに一口。
これは確かに美味いです
日本に進出しても十分に戦えます!
これでまたがんばれそうです\(^▽^)/

(追伸)
①ブログ30000アクセス
  どうもありがとうございますhappy01
②体重も順調に減っています
  (人間ドック時72.9キロ→現在70.4キロ
③納豆のかき混ぜについてはこちら。
  私も今度、このナットーで1000回のかきまぜに
  挑もうと思っています。
  http://portal.nifty.com/koneta05/03/28/01/

2008年9月 7日 (日)

アイ・アム・フォアグラ

帰国中に人間ドックを受けさせられましたが、その結果が家族中にディスクローズされた上で、妹経由で届きました。

「さて、お兄ちゃんの日帰りドック検査の結果が届きました。こちらで開封させてもらって、スキャンした結果を送ります。ママより、『脂肪肝なんて!アメリカの食事、カロリー高すぎなんでしょ!中華のテイクアウトは控えて、納豆とご飯とか、お味噌汁にお餅入れて食べるようにしなさい』と伝言を受けました。パパは、『オレだって脂肪肝なんて結果でたことない。オレより悪い』と言ってたそうです(ママ談)。またブログネタができたね(笑)。ちょっと自虐的だけど」

そんなバカな・・・
かつて体育会アーチェリー部で1・2を争うスリムさを誇っていたこの私が、脂肪肝を宣告される日がこようとは・・・ぐはっ(爆)crying

添付されていた診断書をよく読むと、「アナタはメタボではありません」と書いてあります(あえて赤太字で強調)。その点は一安心です。しかし、この「脂肪肝」なる結果は受け止めなければいけません。基本的に私はお酒を飲み(め)ませんので、やはり生活習慣(oilyな食事、運動不足、不規則な生活)に問題があるのでしょう。これから節食運動ダイエットに取り組みます。もっともっと更に一層納豆食べることを誓います。あまりにもショックなので今回はこのへんで。

2015年5月
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